大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)4845号 判決 1980年1月30日

原告

川上松治郎

訴訟代理人

川西渥子

被告

昭栄不動産株式会社

代表者

松岡勉

被告

株式会社小林工務店

代表者

小林敏男

被告ら訴訟代理人

山上益朗

主文

一  原告の被告昭栄不動産株式会社に対する請求を棄却する。

二  被告株式会社小林工務店は原告に対し、金七四〇万円と、これに対する昭和五一年一一月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告株式会社小林工務店に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告と被告昭栄不動産株式会社との間に生じた分は原告の負担とし、原告と被告株式会社小林工務店との間に生じた分はこれを三分し、その二を原告の、その余を同被告の各負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができ、被告株式会社小林工務店は金三〇〇万円の担保を供して仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

被告らは各自原告に対し、金二、三〇八万〇、八八四円と、これに対する昭和五一年一一月八日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と第一項について仮執行の宣言。

二  被告会社ら

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、別紙第一物件目録記載の各土地(以下本件土地という)及び同目録記載の建物(以下本件建物という)を所有し、ここで家族三名とともに居住している。

被告昭栄不動産株式会社(以下被告昭栄不動産という)は、被告株式会社小林工務店(以下被告小林工務店という)に請け負わせて、本件建物の東隣りに、別紙第二物件目録記載の建物(シテイハウス京町堀、以下被告会社ビルという)を新築した。その着工は、昭和五〇年五月中旬ごろである。

(二)  右建築工事のため、原告は次のような損害を被つた。すなわち、

(1) 被告小林工務店は、同年六月四日、H鋼(矢板工法の親杭)の杭打ちをしたため、本件建物の東側の工事場所との境界にある塀の根元に亀裂が発生した。

(2) 被告小林工務店は、同月末ころから、本件土地の東端から南側の辺りで0.5メートル、北側の辺りで2.3メートルの極めて近接したところまで被告会社ビルの敷地を深さ約2.8メートルも掘削した。被告小林工務店は、その際、土留工法として簡易な自立式横矢板工法を採つたため、同年七月三日から四日にかけての集中降雨によつて、本件土地の土砂が流出して地盤が沈下した。

(3) この地盤沈下のため、前記塀、本件建物の東側及び南側の犬走り、玄関ポーチ土間に亀裂、沈下が起こり、東側基礎土台に亀裂が発生したのをはじめ、東側通路下の給排水管、ガス管が損傷し、建具が開閉できなくなつたうえ、本件建物全体が東側に傾斜するなどの被害が発生した。

(三)  責任原因

(1) 被告昭栄不動産

本件工事は、木造の本件建物の至近距離で地下を堀削するものであるから、被告昭栄不動産は、被告小林工務店に本件工事を注文する際、本件工事によつて本件建物が損傷する虞れがあることを当然予測することができた筈である。したがつて、被告昭栄不動産としては、請負人である被告小林工務店に対し、本件建物の損傷防止の措置をすべきことを指示するとともに、被告小林工務店が損傷防止のために具体的に採ろうとしている措置について説明を求め、右措置が十分であることを確かめたうえで本件工事の注文と続行とをさせるべき注意義務があつた。

ところが、被告昭栄不動産は、被告小林工務店に本件工事を一任し、何ら指示をしなかつた。

したがつて、被告昭栄不動産には、被告小林工務店に対する注文または指示について過失があるから、民法七一六条但書の責任があり、被告小林工務店の共同不法行為者として責任がある。

(2) 被告小林工務店

本件土地及びその付近の地下地盤は軟弱で、隣地との境界線付近まで掘削すれば、土砂が流出し、地盤沈下を惹起することが当然予見された。したがつて、このような場合、工事施工者としては、地下掘削をする前に本件建物の地盤にモルタル、薬液を注入するなどをして地盤を固めるか、あるいは、事前にこのような対策を講じないのであれば、土砂の流出を予防できる土留工法を採用して掘削すべきである。

ところが、被告小林工務店は、これを怠つたため、本件土地の地盤沈下を防止できなかつた。

したがつて、被告小林工務店は、民法四四条、七一五条の不法行為による損害賠償責任を免れない。

(四)  損害額

(1) 復旧工事費用

金一、六八〇万七、四八四円

(2) 転居による損害

金一二一万八、四〇〇円

復旧工事には約四か月半を必要とするが、原告ら家族は、少くとも四か月間他に転居を余儀なくされる。そのため、原告が被る損害は、次のとおりである。

(ア) 引越し、荷物の運送、保管に要する

費用    金六九万八、四〇〇円

(イ) アパート等への入居費用

(a) 敷金の控除額   金二〇万円

敷金を金一〇〇万円とし、退去の際、その二割を差し引かれるものとして計算する。

(b) 賃料       金三二万円

一か月金八万円として四か月分

(3) 慰藉料   金二〇〇万円

原告は、前記のとおり傾いた本件建物に居住し、不快、不安な生活を強いられており、このような精神的苦痛に対する慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

(4) 本件訴訟提起のための費用

金三〇五万五、〇〇〇円

(ア) 弁護士費用    金二〇〇万円

(イ) 訴訟のための資料(甲第一、二号証)の作成費用 金一〇五万五、〇〇円

(五)  結論

原告は、被告らに対し、各自金二、三〇八万〇、八八四円と、不法行為の日の後である昭和五一年一一月八日から支払いずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  被告らの答弁と主張

(被告昭栄不動産)

(一) 請求原因(一)の事実は認める。ただし、着工時期は不知。

(二) 同(二)の事実は不知。

(三) 同(三)の(1)の主張は争う。

被告昭栄不動産は、資格のある建設業者である被告小林工務店に本件工事を注文しており、その注文または指図に何ら過失がないから、民法七一六条但書の責任を負うべき筋合ではない。

(四) 同(四)の損害額を争う。

(被告小林工務店)

(一) 請求原因(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、被告小林工務店が、H鋼の杭打ちをし、昭和五〇年六月末ころから被告会社ビルの敷地の掘削をしたこと、その土留工法が自立式横矢板工法であつたこと、以上のことは認めるが、その余の事実は否認する。

被告小林工務店がH鋼の杭打ちをしたのは、同年五月二三日であり、掘削の深さは、約2.5メートルないし2.8メートルである。

(三) 同(三)の(2)の主張は争う。

(四) 同(四)の損害額を争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一被告昭栄不動産に対する請求について<省略>

第二被告小林工務店に対する請求について

一当事者間に争いがない事実

原告は、本件土地及び本件建物を所有し、ここで家族三名とともに居住していること、被告昭栄不動産は、被告小林工務店に請け負わせて、本件建物の東隣りに、被告会社ビルを新築したこと、その着工時期が昭和五〇年五月中旬であること、被告小林工務店は、H鋼の杭打ちをし、同年六月末ころから地面の掘削をしたこと、その土留工法が自立式横矢板工法であつたこと、以上のことは当事者間に争いがない。

二この争いがない事実や<証拠>を総合すると、次のことが認められ<る。>

(一)  鉄筋コンクリート造地上一五階地下一階建の奥内阿波座駅前ビル(以下奥内ビルという)が昭和四四年ころ、本件建物の南隣りに、建設された。この建築工事のため、本件土地の南側の地盤が沈下し、本件建物の南側部分が約一〇ないし一五センチメートル下がり、南側にある子供部屋が相当破損した。そこで、奥内ビルの工事請負人は、本件建物の土台をジヤツキで持ち上げ、基礎コンクリートで固めて本件建物の復旧工事をしたが、その際、本件建物の壁などに亀裂が多く発生したため、これも補修した。さらに、右請負人は、本件建物の内部に生じた破損箇所を補修したが、建具と柱との隙間など破損部分の一部を完全に補修しなかつた。しかも、その際本件土地の地盤改良がなされなかつたため、奥内ビルの建築工事によつて生じた本件土地の地盤の弛みは、残されたままになつた。

(二)  被告小林工務店は、本件工事施工前の昭和五〇年三月ころ、訴外曾根鑿泉工業株式会社に対し、本件土地現場の地質調査を依頼した。同訴外会社が調査した結果は次のとおりである。

地表から地下1.80メートルまでの部分は、砂質土を主体とする埋土層で、N値五〇回以上の非常に締つた地層である。しかし、地下1.8メートルから8.65メートルまでの部分は、沖積層の砂質土で、若干中砂が混入するほかは主に細粒砂で構成されており、N値一一ないし二〇回(二ないし四メートルの間はN値一一ないし一四回)の中位の荒い締り方の地層である。地下8.65メートルから27.10メートルまでの部分は、沖積層の海成粘土層で、軟弱から中位程度の不安定な地層である。

(三)  土留工法には、矢板工法、シートパイル工法及びコンクリート壁工法などがある。矢板工法には、自立式横矢板工法と腹起し切梁り横矢板工法とがある。前者は、腹起し、切梁りなどの支保工を架設せず、土留壁の曲げ抵抗及び根入れ部の横抵抗によつて土圧を負担し、掘削を進める工法である。この工法は、機械掘削が可能で、工事費も安いため、掘削の深さが約三メートル以内の場合、現在でも建築業界で採用されている。しかし、この工法では、山止め壁から水や土砂が流出したり、山止め壁が変型、移動、傾斜したりする等して、周辺地盤の沈下することが他の工法よりも大きいため、地盤が良質でなく、地下水が多いとか、近接した所に建物がある場合、根切りの前または根切りの進行とともに、モルタルまたは薬液注入などによる地盤補強工事をする必要がある。もし、補強工事をしないのであれば、腹起し切梁り横矢板工法など周辺地盤が沈下する虞れが少ない工法を採用する方が適切である。

(四)  被告会社ビルは、本件土地の東側境界線に近接して建築することが予定されていたため、その柱の位置関係上、腹起し切梁り横矢板工法を採用することは不可能であると判断した被告小林工務店は、その下請けの工事計算業者に対し、自立式横矢板工法を採用した場合、周辺地盤の沈下が起こるかどうかを検討させた。右業者は、日本建築学会の建築基礎構造設計基準に基づいて構造計算をしたところ、自立式横矢板工法を採用しても安全であるとの結論を得た。そこで、被告小林工務店は、自立式横矢板工法によることとし、その計算を基に、二〇センチメートル角、長さ八メートルのH鋼の親杭を九七センチメートル間隔で打ち込み、その間に木製の厚板をはめ込むが、切梁りはしない方法によつて土留工事をすることにした。

(五)  被告小林工務店は、昭和五〇年五月一七日、被告会社ビルの建築工事に着手し、同年六月九日から土留のための親杭を打ち込んで土留工事を進め、同年七月二日から地面の掘削をした。掘削した地面は、本件土地の東側境界線から東へ約五〇センチメートル(南側)ないし約二メートル(北側)しか離れていない所であつて、その深さは、掘削した西南端の所から北へ約七メートルまでの部分については約2.8メートル、それより北の部分については約2.5メートルであつた。

右境界線から約六〇センチメートル西側に入つたところに本件建物の基礎があり、右境界線に接して原告方のトタン塀があつた。なお、本件建物は、昭和三五年一二月、建築された木造建物であり、昭和四〇年六月、二階が増築された。

(六)  被告小林工務店は、右の掘削以前に、又は掘削と並行して、地盤の補強工事をしなかつた。

(七)  ところが、昭和五〇年七月三日夜から四日にかけて集中降雨があり、本件土地の東側部分の土砂が被告会社ビル敷地へ流出してその地盤が沈下してしまつた。そのため、トタン塀の基礎のブロツクが傾き、トタン塀と本件建物の間にあるコンクリート造りの犬走りに亀裂が発生した、その結果、雨樋が排水土管からはずれ、雨水が雨樋から直接本件土地の地盤に流入するようになつた。

(八)  被告小林工務店は、その損傷が原因になつてさらに被害が拡大するのを防止するため、同月四日、原告に対し、亀裂部分の補修工事と雨樋と排水土管との接続工事を内容とする応急修理をさせて欲しいと申し入れたが、原告は、応急修理をすることによつて被害原因が判らなくなると主張してこれを拒絶した。

そのため、以後も雨水が直接本件土地の内部に浸透し、地盤沈下を促進させた。

(九)  さらに、同月四日以降になつて、本件建物の東側の壁に亀裂が発生した。原告は、その後、被告小林工務店との間で、被害に関する交渉をしたが、本件工事の中止を求めたことはなかつた。

(一〇)  被告小林工務店は、同月九日、掘削を終え、同日から基礎造りをし、同年八月一日、土砂の埋戻しを始め、同月五日、基礎工事を完了した。被告小林工務店は、さらに工事を進め、昭和五一年五月一〇日ころ、被告会社ビルを完成させた。

(一一)  被告小林工務店は、本件工事進行中の昭和五〇年七月九日、原告に対し、迷惑料として金員を支払う旨を申し入れ、併せて同年八月ころ及び昭和五一年二月ころ、損傷部分の補修工事を申入れたが、原告は、いずれも根本的解決にはならないとしてこれらの申入れを拒絶した。

(一二)  本件土地の地盤沈下によつて、概ね、次のような被害が発生した。すなわち、

トタン塀、東側及び南側の犬走り、玄関ポーチ土間に亀裂、沈下が起こり、門柱付近の植込みの右横目地にも亀裂が発生した。本件建物の周りの損傷は、東側すなわち本件工事現場側で大きく、西側になるにつれて小さくなつている。本件建物の外壁については、東側基礎土台の位置に亀裂が発生している。本件建物内部の損傷としては、本件建物全体の柱及び床が東南方向へ傾き、一階和室四畳半の間では、基礎が移動したため、根太が落込んではずれている。本件建物の全室の壁に亀裂や隙間が発生し、一階廊下では柱と床、敷居と床に隙間がある。建具は、大半が建込み不良になつている。

しかし、被害は、本件建物の東側だけではなく、前記のとおり柱が南側方向にも傾くなど南側にも発生している。

三以上認定の事実によると、次のことが結論づけられる。

(一)  本件土地付近の地盤は、被告小林工務店が掘削した深さ2.5ないし2.8メートルの所では、中位程度の硬さであるところ、被告小林工務店が掘削した地面は、本件建物から僅か1.1ないし2.6メートルほどの至近距離であつた。

被告小林工務店が本件工事で採用した自立式横矢板工法は、このように良質とはいえない地盤上の至近距離に建物がある場合には、不適当な土留工法である。このような場合、腹起し切梁横矢板工法など隣地の地盤沈下を防止するのに十分な土留工法を採用するか、もし、前者の工法を採用するのであれば、事前にまたは掘削と並行して地盤の補強工事をしておくべきであつた。

(二)  ところが、被告小林工務店は、被告会社ビルの構造上やむをえないとして自立式横矢板工法を採用したのに、このような地盤補強工事をすることを怠つて本件工事をしたために、折からの集中降雨を契機として本件土地の東側部分の土砂が流出し、その地盤が沈下してしまつた。

(三)  そうすると、被告小林工務店が不適切な自立式横矢板工法を採用し、掘削に伴つて生じる本件土地に対する影響について十分な配慮を怠つたため、本件土地の地盤が沈下して前記被害が発生したことに帰着するから、被告小林工務店は、民法四四条、七一五条により原告の被つた損害を賠償すべき義務がある。

(四)  もつとも、被告小林工務店は、その下請業者に自立式横矢板工法を採用しても安全かどうかを検討させ、安全であるとの結論を得たことは、前記認定のとおりである。

ところで、本件のように地面の掘削中に集中降雨があることは、通常予想されることである(前記降雨が通常予想されるよりも大量のものであつたことを認めるに足る証拠はない)から、建築請負業者としては、当然これを念頭に置いて土留工事の安全性を確保すべきであり、また、専門的知識、経験を有する者として、下請業者の判断を妄信しないで、独自に土留工事が隣地の地盤確保に十分であるかどうかを検討すべきである。

しかし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、下請業者の結論が集中降雨を予想したうえでのものであることや被告小林工務店がこの結論をさらに十分検討したことが認められる証拠がないから、被告小林工務店が、前記の責任を負うべきことに変りはない。

(五)  しかし、前記被害は、本件工事だけによつて発生したものではない。すなわち、

(1) 本件土地の地盤は、奥内ビルの建築工事によつて弛みが生じていたが、この修復がなされていなかつた。本件建物の建具と柱の隙間がこれに起因することは前認定のとおりであるし、柱が南側方向に傾いていることなど前記被害の一部は、このことに起因すると推認される。

しかし、後記認定の損害額のうち、奥内ビルの建築工事に直接起因する損害分を正確に認定する資料がない。そこで、当裁判所は、このことを、寄与率として割合的に斟酌するほかはない。

(2) 被告小林工務店は、昭和五〇年七月四日以降、原告に対し、応急修理を申し入れたが、原告は、被害原因が判らなくなることを理由にこれを拒絶した。そのため、以後も雨水が本件土地の内部に直接浸透し、地盤沈下を促進させた。

原告としては、被告小林工務店が応急修理を申し入れた以上、これに応じて応急修理をさせ、被害の拡大の防止につとめるべきである。したがつて、本件工事による被害のうち、原告が応急修理をさせなかつたことに基づく拡大した損害は、原告自らが招いたものであつて、被告小林工務店に転嫁できない。しかし、その損害額を正確に認定する資料がないので、当裁判所は、このことを、原告の過失として割合的に斟酌することにする。

(六) 以上のような奥内ビルの建築工事の影響及び原告の過失や本件建物の経過年数などを考慮すると、本件工事が前記被害の発生に寄与した割合は、約四割であると認める。したがつて、被告小林工務店は、この範囲で損害賠償責任を負担すれば足りるのである。<以下、省略>

(古崎慶長 井関正裕 小佐田潔)

第一、第二物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例